研究と社会

月面ローバー3台に地上からの指示は1行だけ。NASAのCADREがリーダー選出まで自律で試す

NASA/JPLのCADREは、キャリーバッグ大のローバー3台と着陸機上の基地局で構成される。地上は「この領域を探査せよ」という広い指示だけを送り、リーダー選出・作業分担・経路計画・地中レーダーの同期はすべて機上で決める。Intuitive MachinesのIM-3でリーナー・ガンマへ向かう。

NASA/JPLの小型月面ローバー3台「CADRE」が、Intuitive Machinesの月着陸機IM-3で打ち上げを待っている。地上管制が送るのは「この領域を探査せよ」という広い指示だけで、誰がリーダーになるか、どの機体がどこを走るかは着陸後に機体側が決める。JPLは、複数のローバーを地球外で単一の自律システムとして運用する最初の試みだとしている。

CADRE の3台のローバーが月面を編隊で探査する想像図(NASA/JPL-Caltech)

指示は1つ、残りは機上で決める

CADRE は Cooperative Autonomous Distributed Robotic Exploration の略。JPLのミッションページによれば、キャリーバッグ大の4輪ローバー3台と着陸機上の基地局からなり、着陸先は月の表側西縁の「リーナー・ガンマ」だ。各機はステレオカメラ2台、航法センサー、地中レーダー受信機を積み、太陽電池で動く。基地局は高さ4mで、地上の指示をローバー群に渡す。

JPLのAIグループの解説は、機上の自律機能としてリーダー選出、作業分担、危険回避の経路計画、編隊走行、地中レーダー計測の同期を挙げる。3台が互いの反射波を受ける構成で、単独機では届かない深さ約10mまでの地下構造を3次元化する。位置と健康状態はUWB無線のメッシュ網で共有する。

ソフトウェアは2025年2月公開の論文(Rabideau ほか)で「集中計画・分散実行」と説明されている。戦略プランナー(MEXEC)が調査と休眠のタイミングを決めるが、そのサイクル自体は地上が事前に規定するとも書かれており、全自律ではない。リズムは地上、判断は機上という分業だ。

往復2.6秒は理由の一部にすぎない

自律の理由として通信遅延が挙がるが、月ではそれだけでは足りない。NASAが示す地球と月の平均距離は38万4,400km、電波の往復は約2.6秒にすぎず、火星の数分〜数十分とは桁が違う。

CADRE で効くのは時間と熱だ。月の昼は約14地球日で、運用はその1回で終わる。日中は最高114℃に達するため、ローバーは約30分周期で起動と休眠を繰り返す。数分刻みで人間が承認する運用はこの周期に乗らない。南極はさらに厳しく、NASAは永久影の温度を最低−203℃としている。低い太陽高度と長い影は、カメラによる危険検出そのものを難しくする。

火星で出た数字、月で一度止まった計画

自律走行の効果は火星で数字になっている。NASAは2023年9月、Perseveranceの自律航法AutoNavで1火星日347.7m、人間の確認を挟まない連続走行699.9mの記録を公表した。岩塊帯「Snowdrift Peak」の520m区間は6火星日で通過した。

一方、南極を目指すVIPERは一度止まった。NASAは2024年7月17日に予算と着陸機の遅延を理由に中止を発表し、2025年9月19日にBlue Originを配送業者として選定した。CLPSのタスクオーダーCS-7で最大1億9,000万ドル、Blue Moon MK1により2027年後半にモンス・ムートンへ運ぶ。

運び手となる商業月面輸送(CLPS)自体、着陸の成否が安定していない。Astrobotic の Peregrine は着陸に至らず、IM-1 は2024年2月に着陸したものの横倒しの姿勢だった。直立して安定したのは2025年3月2日の Firefly Blue Ghost Mission 1 だ。NASAは2026年8月4日、IM-3が熱真空試験を終えたと更新している。

日本の月面ロボットは、すでに自律で動いた

同じ論点で日本には実測データがある。JAXAは2026年6月、SLIMが放出した変形型ロボットLEV-2(愛称SORA-Q)の結果がScience Roboticsに載ったと発表した。質量228g・直径78mmの機体が遠隔操作なしに起動・展開・姿勢安定・離脱と撮像を行い、約108分の運用中に機上で240回の画像処理を実行、姿勢異常を検知して自律復帰した。JAXAはLEV-1とあわせ、世界初の完全自律による月面探査だとしている。

民間側では ispace の Mission 2「RESILIENCE」が2025年6月6日に着陸へ失敗し、同社は原因をレーザーレンジファインダーの異常と発表した。有人側では日本政府とNASAが与圧ローバーの実施取決めに署名し、日本が設計・開発・運用、NASAが輸送と日本人飛行士2名の月面ミッションを担う。トヨタとJAXAが進める「LUNAR CRUISER」がこれにあたる。

通信が細い現場、という共通項

CADRE が扱う問題は宇宙に固有ではない。帯域が細く、人間が逐一承認できず、電源と熱に上限があり、締め切りがある——という条件は、瓦礫の下に入る災害対応ロボットや圏外の農地で動く農機と同じだ。農業側でも実験室ではなく現場に試験環境を置く動きが進む。CADRE が持ち帰るのは、1つの指示から複数台が段取りを決めるソフトウェアが実環境で成立するかの検証結果でもある。


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