横浜ゴム、社内技術文書を引くRAGを本格運用。AIエージェントが検索計画を立て、根拠の元文書を必ず出す
横浜ゴムが、社内に蓄積された技術文書を検索して回答を生成するRAGシステムの本格運用を始めた。AIエージェントが検索計画の立案・情報検索・結果評価を自律的に繰り返し、回答とともに根拠となる元文書へのリンクを表示する。2020年策定のAI活用フレームワーク「HAICoLab」の実践環境を拡張する位置づけ。
横浜ゴムが2026年8月、社内に蓄積された技術文書を検索し、その内容に基づいて回答を生成する **RAG(Retrieval-Augmented Generation:検索拡張生成)**システムを独自開発し、本格運用を開始したと発表した。材料開発を含むタイヤ開発プロセスで、意思決定に必要な技術情報を参照しやすくするのが狙いになる。

何を課題にしたか
同社はこれまで、ゴムの配合物性値とタイヤ特性値の予測、ゴム配合の生成、金型設計支援といったAIシステムを開発してきた。いずれも数値やパラメータを扱う領域だ。
今回対象にしたのはその外側にある。リリースの表現では「規則・要領・技術報告書・事例情報など膨大な技術文書」に蓄積されたドメイン知識で、構造化されていない文章の形で残っている知見にあたる。
製造業の技術文書は、たいてい量だけはある。試験報告書、不具合の事例、設計要領、過去の検討メモ。だがそれらは探せないことが多い。ファイル名も見出しも書いた人の流儀で付いていて、キーワード検索では引っかからない。結果として、同じ検討を何度も繰り返すことになる。
エージェントが検索を組み立てる
このシステムの構成で技術的に押さえておきたいのは2点ある。
1つ目は検索の自律化。単に質問文をベクトル化して類似文書を引くのではなく、AIエージェントが質問の意図をくみ取り、検索計画の立案・情報検索・結果評価を自律的に繰り返すとされる。一発の検索で終わらせず、得られた結果を評価して検索し直すループを回す構成になる。
RAG の実務でつまずくのは、まさにこの部分だ。技術者の質問は「この配合で低温特性が落ちるのはなぜか」のように文脈を含んでおり、そのまま検索してもうまく当たらない。質問を分解し、複数の切り口で引き、結果を突き合わせる作業が要る。そこをエージェントに任せる設計になっている。
2つ目は根拠の提示。回答と併せて、根拠となる元文書へのリンクを表示する。技術者自身が根拠と妥当性を確認できるようにするためだ。
生成AIを技術判断に使うとき、最大の障害は「合っているか分からない」ことにある。答えだけ返ってきても、それを設計判断に使うわけにはいかない。元文書に飛べるなら、AIは検索の代わりであって判断の代わりではない、という線が引ける。
「人とAIとの協奏」という枠組み
今回のシステムは、同社が2020年10月に策定したAI利活用フレームワーク HAICoLab(ハイコラボ) の実践環境を拡張する位置づけとされる。HAICoLab の定義はこうだ。
社内に蓄積されたデータや知識を活用してAIを高度化し、人がメタ認知を働かせながら仮説を設定し、AIを活用し、その結果を解釈・判断することで、製品・プロセス・サービスの革新と人の成長を循環的に促していく”人とAIとの協奏”の枠組み
判断は人が持ち、AIは仮説の検討を支えるという役割分担を、生成AI以前の2020年から掲げていることになる。今回のRAGで根拠リンクを必ず出す設計は、この枠組みと整合している。
公表されていないこと
一方で、効果を測る数字は一切公開されていない。
- 定量的効果: 開発期間の短縮率、検索時間の削減、回答精度、いずれも非公表
- 利用者数・対象文書数: 非公表
- 基盤LLM・ベクトルDB・ベンダー名: 非公表(内製か外部製品の利用かも不明)
- 導入範囲: どの部門・拠点まで展開したか記載なし
- 第三者検証・外部評価: なし
- 費用・投資額: 非公表
リリースには役員や研究者のコメントもなく、記載されているのは広報の問い合わせ先のみになっている。
社内文書のRAGは、いま多くの製造業が同時に取り組んでいる領域だ。ツールとしては珍しくない。この事例で参考になるのは技術構成そのものより、「AIエージェントに検索を組み立てさせる」ことと「必ず根拠を出す」ことをセットにしたという設計判断のほうだろう。精度が足りない分を、人が検証できる導線で埋めるという割り切りは、判断を伴う業務にAIを入れるときの一つの解になる。